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■楽聖 《 ベートーヴェン 》


Ludwig van Beethoven
(1770−1827)

正式名称ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン
生死1770年12月17日生〜1827年3月26日没
故郷ドイツのボン
性格頑固、自信家、神経質、完全主義、自己中
身長165cm
体重不明
血液型不明
持病難聴
特技即興演奏、ジャズスティックなアドリブ
趣味散歩、ワイン
家族父:ヨハン、母:マリア、弟1:ヨハン、弟2:カスパール・カール
女性関係テレーゼ、ジョセフィーヌ、ジュリエッタ、アントニー
最後の言葉 「強敵よ拍手を!喜劇は終わった」


いまさら説明の必要もないと思うが、彼を知らない人など、まず、いないだろう。

ピアノを弾く人の中に、「エリーゼのために」を知らない人間は一人もいないからである。
そう…、、、ベートーヴェンとは「運命」や「第九」などで有名なあの人である。

彼は、あまりにも音楽の世界に大きな軌跡を残したため「楽聖(がくせい)」と呼ばれている。
しかしこれは日本だけの呼び名である。漢字を読む限りではたぶん、
"音楽界の聖なる人"、または"聖なる音楽家"という意味を込めて使われていると思われる。

「ベートーヴェンは耳が聴こえない人だ」というのはもはや周知のとおりであるが、
これは生まれつきそうだったわけではない。難しい話は後ほど話すとして簡単に言うと、
不衛生なワインを毎日のように飲み続けたため、耳が聴こえなくなっていったのである。

これはやはり、音楽家として致命的なことであった。自分の作品を発表するために指揮棒を振るも、
オーケストラとのコミュニケーションがとれず、ピアノ協奏曲が大失敗に終わったこともあった。
耳が聴こえないことに思い悩んだ彼は、一度、遺書まで書いたという。

…だが、彼は自殺なんてしなかった。

彼のその強い意志が、音楽への情熱が、彼を再び立ち上がらせた。
たとえ耳が聴こえなくとも、彼の心には音が届いて聴こえていたのだ。
むしろ遺書を書いたあとにほど、より精力的に作曲に打ち込み、
以前よりもすばらしい名作を次々と生み出していった…。
ベートーヴェンは「死ぬため」に遺書を書いたのではなく…

「生きるため」に遺書を書いたのである!


■■■ベートーヴェン関連Webサイト■■■

ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン―Wikipedia
ベートーヴェンプロジェクト
ベートーヴェン勝手解説大全集
ベートーヴェンオーケストラ・ボン
国立大学音楽研究所 ベートーヴェン研究部門
Beethoven: The Immortal海外サイト
Ludwig van Beethoven's Website海外サイト
Inhalts・ersicht Beethoven海外サイト
Ludwig van Beethoven - biografia海外サイト
Beethoven. MIDI/ZIP collections and life海外サイト
Ludwig van Beethoven - Midi海外サイト


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